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青学出身の4人全員に共通する、印象深い「部活の思い出」とは?【ロッカールーム de トーク】(前編)

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今シーズンから始まった、新たな選手インタビュー企画「ロッカールーム de トーク」。勉強や進路の悩み、恋愛の相談や時にはグチ、将来の夢……。学生時代、部活動終わりにチームメイトで集まり、ロッカールームでいろいろな話を語り合った経験はありませんか?

普段はなかなか話せないことも、ここでなら話せてしまう——。

今回は、そんなロッカールームに青山学院大学(以下、青学)のバスケットボール部出身の4人(写真左から:張本・小林・安藤・笠井選手)が集まり、学生時代の青春話について語ってもらいました。前編のトークテーマは、お互いの印象とバスケットボールの練習について。

一体、どんな思い出があったのでしょうか?

大学時代、お互いの印象は?

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——大学時代、お互いの印象について聞かせてください。

小林:はりてんは……

張本:はりてん!? 呼ばれたことねえわ!(笑)

小林:間違えた(笑)。天傑は同期で、1年生の頃からずっと一緒にいました。料理が上手なので振舞ってもらったり、僕の趣味を教えたりしてましたね。

笠井は2個下の後輩なのに、最初から僕のことなめてましたよ。家にも土足で上がり込んできたし(笑)。

安藤は、4人の中では一番後輩なのにシュートの腕はピカイチでしたね。今はすごい僕のことなめてるんですけど、大学時代は今ほどなめられてなかった(笑)。

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——基本的に後輩からなめられていたと(笑)。すでに仲の良さがうかがえますね。張本選手はいかがでしょう?

張本:ばっしー(小林選手)は、さっきも本人が言ったように大学4年間でプライベートも仲もよかったですね。よく家で鍋をしてました。

笠井は……とくに印象がない(笑)。僕、大学のときよく後輩から怖いって言われてたんですよ。自分から積極的に絡みにいくこともなかったんです。でも、笠井は高校時代にインターハイで準優勝していたので、漠然とすごいヤツだなっていう印象はありましたね。

周人は、彼が高校生のときからよく話を聞いてました。というのも、周人の高校時代の監督と僕が仲良しだったんです。僕が怪我で試合に出られなくなったときも、当時1年生だった周人が代わりに試合に出て、チームを引っ張ってくれていました。

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——笠井選手も、安藤選手も頼りがいのある後輩だったんですね。安藤選手は、どんな印象を抱いていましたか?

安藤:小林さんは、一番話しやすい先輩でした。当時1年生だった僕にとって、4年生の存在はすごくて……。話しづらい部分もあったんですが、なかでも気さくに接してくれていた印象がありますね。

天傑さんは、僕が入学してすぐに(張本選手が)怪我をされてしまったので、一緒に練習をする機会がなかったんですよ。僕たちが練習してるときも、天傑さんはトレーニングをしていて。絡む時間は一番少なかったですね。

でも、天傑さんの代わりに僕が試合に出ると、たくさんアドバイスをくれて……。頼りになる先輩でしたね。

カメさん(笠井選手)は、パッとする印象がないな……(笑)。3年間一緒にやってたけど、それ以外の印象がないです(笑)。でも、今はすごく仲良いですよ。

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——話しづらい印象がある先輩のなかでも、小林選手はフレンドリーで、張本選手は存在感のある人たちだったと。笠井選手も同じような印象を持っていましたか?

笠井:そうですね。小林さんはよく僕の家に泊まりにきていて、前もってコンビニで買った飲み物や食べ物をくれるんですよね。迷惑をかけられたこともあったけど、優しくて、すごく接しやすい先輩でした。

天傑さんは、僕が入学してすぐに、小林さんから(張本選手を)いじれって言われて……。実際にいじったら、反応が怖くて距離ができました(笑)。

安藤は1個下ですが、一緒にいる時間は多かったんじゃないかな。印象はそんなにあるわけじゃないけど(笑)。

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——みなさん、それぞれに抱く印象があったんですね。大学時代から、印象が変わった選手はいますか?

笠井:張本さんじゃないですか?大学時代に比べて、すごく話しやすくなりました。心を開いてくれている気がする(笑)。

安藤:分かります!気さくに話しかけてくれるようになりました。

張本:え、昔はそんなに怖かったの?(笑)

とにかくキツかった練習、青学ならでのはノリも

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——一緒にいる環境が変わって、先輩・後輩の関係性にも変化があったみたいですね。(笑)学生時代は、どれくらいバスケットボールの練習をしていましたか?

張本:授業以外はほぼバスケットでしたね。授業が18時10分に終わり18時30分から練習がスタートして、終わるのがだいたい21時。そこから自主練をして家に帰るのは22時でしたね。それをほぼ毎日。

——大学時代はバスケットボールの練習に明け暮れていたんですね。さまざまな練習メニューがあったと思いますが、一番得意だったものは?

全員:得意……。

——もしくは、好きだった練習メニューでもいいですよ。

安藤:ない(笑)。

小林:満場一致で、キツいメニューのほうが圧倒的に多いと思います(笑)。

——得意な、あるいは好きな練習メニューはとくになかった。

張本:基本的に練習は好きじゃなかったですね。とにかくキツかった。

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——やはりプロを目指す人が多いからこそ、練習もぬかりない……。ちなみに、どの練習が一番キツかったんでしょうか?

張本:僕はランメニュー(走るメニュー)ですね。まず、コート2往復半の距離を1本として、それを10本走るんです。そのうち8本は23秒までに完走しないといけない。少しでも遅れると1本追加になり、最悪の場合は16本走ることになります……。

笠井:天傑さんと、小林さんが卒業してからは8本じゃなくて10本になりましたよ(笑)。

小林:さらに、辛くなったんだ(笑)。

張本:そのあとは、20~30kgのダンベルを背負ってコートを7往復。最後は140kgのウェイトを背負いながらスクワットをしていました。ランメニューは週2回あって、帰宅するといつも足がフラフラでしたね。

小林:あとは、マルチじゃない?

安藤:あれ、練習って言うんですかね?(笑)

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——マルチ、ですか?

張本:いわゆる、20mシャトルラン(※1)ですね。青学のバスケ部では「マルチ」と呼ばれていました。

小林:あれは死ぬ気で頑張ってたなあ……。

安藤:マルチが実施される1週間前から、みんな体のコンディションを整えますよね。

小林:そうそう。定食屋に行って、栄養バランスの良い定食を食べて、当日は早起きして散歩に行ってた(笑)。

張本:で、体育館行くまでにコンビニに寄って、バナナとゼリーと……

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笠井:それ、僕も全部買ってました(笑)。

小林:ストレッチも1時間くらいかけて入念にしてた。試合よりも集中してたんじゃない?(笑)

安藤:あまりにも真剣だから、みんな喋らないですもんね。

——集中するあまり、会話もない(笑)。

張本:青学のバスケ部は他大学と比べて少人数制なので、より練習に集中していたんだと思います。

笠井:部員は、だいたい20人くらいでしたね。

小林:他大学と試合をすると、相手チームのベンチ裏には大勢の部員が応援してるんですけど、こっち(青学)は親しかいなかった(笑)。

安藤:部員全員でベンチの数は足りてましたもんね。(笑)

張本:懐かしいなあ……。

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最初こそ緊張した雰囲気はありましたが、話が進むにつれて4人の顔は緩やかに。お互いの印象を確かめ合い、キツかった練習の話では大盛り上がり!

どうやら、4人にはまだまだ共通の思い出がある模様……。続く後編では、大学時代に経験したアルバイトや恋愛の話など、プライベートな思い出についてたっぷり語ってもらいます。

次回も、どうぞお楽しみに!

※1:20m間隔で平行に引かれた2本の線の一方に立ち、合図音に合わせて他方の線へ向けて走り出し、足で線を越えるかタッチし向きを変える。次の合図音で反対方向へ向けて走り出し、スタートの線を足で越えるかタッチし向きを変える。徐々にスピードが上がるが合図音に合わせてこの走行を繰り返す。合図音についていけなくなり、2回連続で線にタッチできなくなったときを終了とし、最後にタッチできた回数が記録となる。

(取材時点:2018年12月19日)

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2019年1月31日

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